<週刊現代2008年9月1日発売号記事 「ヤフオク」会員IDが盗まれている!>
「突然、2万8302円を払えと言われても、身に覚えがないものは払えません。理不尽じゃないですか」保育士を目指す主婦の美佐子さんは北関東のあるJR駅近くの喫茶店で、インターネット企業『ヤフー』への疑問を口にした。美佐子さんは、ヤフーのインターネット・オークション、いわゆる「ヤフオク」で出品や高額商品の入札が可能な「プレミアム会員」(会費月額294円)に加入し、トラブルに巻き込まれたのだ。
概要はこうだ。美佐子さんは6月13日夕方、ちょっとハッピーだった。出先で携帯電話からログインしたら、出品していたレアもののスニーカーが落札されたことを確認できたからだ。ところが、帰宅して落札者に連絡を取ろうとしたら、サイトへログインできなかった。何が起きたのか、美佐子さんにはまったく理解できなかったという。
すぐにヤフーに確認しようとしたが、不親切なことに同社はこうしたトラブルに対応する電話窓口を設けていない。このため美佐子さんは何度も問い合わせメールを送った。紋切り型の定型文の返事にいらいらしながら、やっとのことで判明したのは、わずか数時間のうちに、何者かによって美佐子さんの会員IDが奪われ、そのIDでオークションに41点が出品された事実だった。41点のバッグや時計は、ニセのブランドものだったらしい。彼女のIDを使って同時に大量出品し、ニセブランドを売り逃げしようとしたようだ。ヤフーは別の会員からその事実を指摘され、美佐子さんのIDを使用停止にしたのだった。結局、美佐子さんは新しいIDを取り、すべて解決したと思った。
ところが、事態は終わらなかった。美佐子さんの出品でないことを知りながら、ヤフーが出品にかかる手数料などをクレジット・カードで支払うよう請求する挙に出たからだ。ヤフーは、会員の利用規約4条にある「IDならびにパスワードを利用して行われた行為の責任は当該IDを保有しているユーザーの責任とみなします」という一文を盾に取っていた。美佐子さんは支払いを拒否し、今もヤフーと睨み合っている。
「それじゃ、まるで『泥棒便乗商法』ですね?」
私の問いに、他の被害者たちと同じように、美佐子さんも大きく頷いた。こんな商法が社会通念と合致しないのは明らかだろう。
実は、こうした被害者が日本中にいる。若い母親の裕美さんも、同じような経験をした一人。7月29日にID乗っ取りにあい、52点を出品され、1万5000円の手数料の支払いを要求されているのだ。
日本を代表する機械メーカーでシステムエンジニアとして働く幸代さんは、有料プレミアム会員でなく、無料会員としてオークションを利用していた。ところが、5月9日の夕食後。いつものようにパソコンを立ち上げた幸代さんは、背筋が寒くなるのを感じた。「プレミアム会員登録手続きを終えた」というメールが届いていたからだ。該当する時間は勤務中で、そんな手続きを申し込めるはずがない。
調べてみると何者かがわずかの間にルイ・ヴィトンのコピー商品24点を出品、プレミアム会員登録料、出品料、オプション利用料など合計で1万6000円の利用料を発生させていた。
高校時代からコンピューターに親しんできた幸代さんは、「ロクな本人確認もせず、有料サービスへの登録を認めるのはおかしい」と抗議した。しかし、クレジット・カード会社の不手際も加わり、代金は引き落とされてしまった。幸代さんは今、返金交渉中だ。
会員に警告なく 消費者軽視の経営体質
首都圏のシステム開発会社でセールス・エンジニアをしている康祐さんの場合は、残業を終えて午後10時過ぎに帰宅したら、4年前に解約した「プレミアム会員」に再び登録されたことを示すメールが届いていた。結局、21点の不正出品の存在が判明。その手数料の支払いを拒むため、決済口座の残高をゼロにする強硬手段を採ったという。
神奈川県在住の蔭山さんの場合はつらい。被害にあったのは近くに住む母親だが、「支払いを拒むと、併用しているADSLのサービスを停止される恐れがある」と頭を抱えている。
取材を進めていくと、今年4月以降に、被害が急増していることに気づく。ネット上で不正出品を監視するボランティアと、被害者の情報交換のためのブログを主催する勤務医の馬場さんが協力して集計したところ、「今年4月からの累計被害者数は8月に1500人を超えた」模様だ。
専門家のヤフーを見る目は厳しい。ボランティアとしてこの問題に取り組んでいる消費生活コンサルタントの植田昌宏氏は、ヤフーが手数料請求の根拠としている規約について「消費者契約法第10条が『無効』と定めている『消費者の利益を一方的に害するもの』に該当する可能性がある」と指摘する。
これまでは、個別の被害額が小さく、不正アクセス禁止法という関連法規の不備もあり、警察に相談しても相手にされないことが多かった。そこで多くの案件を持ち込んで事の深刻さを全国の警察に知ってもらおうという、被害者側の行動も活発になってきた。
にもかかわらず、当のヤフーは、「被害続出」という会員への警告を周知徹底するどころか、被害者から手数料を稼ぐ商法を繰り広げているのだ。
ヤフーの広報室に取材したところ、「弊社としてはネットオークションを悪用した犯罪防止策を進めてきました。ご指摘の件はそれらの対策が講じられる前にIDやパスワードがフィッシングによって搾取された可能性が高いと分析しています。またお申し出があれば規定に則って、返金をしています」という趣旨の回答だった。
しかし私が取材したケースで、返金を受けた人は一人もいなかった。
さらに、同社が情報漏洩ルートを利用者本人と事実上、決めつけていることに、工学博士の増田英孝・東京電機大学准教授は疑問を呈す。同氏は、インターネット上に同様な被害報告が多数あることや、一般にログイン可能とは知られていない「ニックネーム」と呼ばれる別メール・アドレスとして使うことができるIDを使い自身の正式IDが奪われかけた経験などを根拠に警鐘を鳴らす。
「外部からの攻撃によるサーバーからの漏洩か、もしくは内部の不心得者による持ち出しかは特定しにくい。が、いずれかのルートを経由して、ヤフーから個人情報が漏れた可能性が考えられます。原因を早急に究明しないと被害が桁違いに拡大しかねません」
ヤフー・オークションと言えば、1999年にサービスが始まった、日本のネット・オークションの草分けだ。プレミアム会員だけで710万人(7月末段階)と断トツ。グループ企業のソフトバンクが携帯電話事業に参入するときには、NTTドコモやauが持たない「キラー・コンテンツ」として期待された。
だが、ヤフーも、本紙8月2日号の拙稿「ソフトバンク携帯400万台のセキュリティが破られていた」で指摘した「消費者軽視の経営」という点で、他のソフトバンク・グループ会社と同じ企業体質のようだ。 ADSL参入時に接続がうまくいかず起きた大混乱や、2004年には個人情報漏洩事件があったにもかかわらず、消費者軽視の経営をソフトバンク・グループは再三指摘されてきた。総帥で、ヤフーの会長も務める孫正義氏の責任は計り知れない。
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